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zoom RSS 人間社会と犬社会

<<   作成日時 : 2010/07/24 23:59   >>

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時々、どうしてこんなにも犬と暮らすことにハマってしまったのかと、我ながら不思議な感覚に捉われることがある。なにしろこの10年間、ぼくの生活時間の大部分は犬と一緒に居るのだ。犬という生き物が好きであることは確かだが、それよりも人間ではない生き物と心を通わせることが面白いからなのだろうと思う。それも、意思の疎通が出来るというだけではなく、互いのことを思いやったり心配したりする「異生物」は犬くらいではなかろうか。

ぼくが中学生のころ東京には駐留アメリカ軍の関係者が多数いて、休日には私服でOFFを楽しんでいたものだ。日比谷や代々木の公園で、そんなアメリカ人に習いたての英語で話しかけると、お、話せるのかと勘違いしてものすごく早い「米語」が返ってくる。殆どは理解不能なのだがなんとなくわかる英語があると嬉しくなるのだ。異人種、異文化、異言語コミュニケーションの第一歩を踏み出した気分になったものだ。「外人」は毛や目の色が違っても同じ人間。言葉の壁さえ超えることができれば、コミュニケーションは簡単にできる。だが犬の場合はそう簡単にはいかないのである。
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犬社会での秩序の作り方は人間社会とかなり違っているから、デモクラシーのような概念は通用しない。群れのなかでボスに従うことが秩序の基本なのだが(ということは飼い主がボスとして君臨できれば、犬は飼い主の指示に従う)、殆どの犬は生まれてすぐに群れから隔離されるから秩序のありように問題が生じることが多くなるようだ。さらに、祖父母が無責任に孫を溺愛するような可愛がり方をすることが、犬に対する愛情だと錯誤している飼い主が多い。そうなると犬は、自分が秩序を支配していると勘違いしてしまうのである。
人間と暮らす犬は、当然、人間の社会生活の規範に沿って暮らさなくてはならない。人を噛まない、うるさく吠えない、飛びつかない。要するに、一緒に暮らす人やご近所の迷惑にならない生き方を学ばなくてはならないわけだ。この程度の躾けは、躾け本を1,2冊読めば比較的簡単にできるはず。難しい技術は必要なく、忍耐力がすべてである。(と、書きながら我が家の犬はと考えると、まだ甘噛みするし、しつこく怒ると抗議のひと吠えがある。客や道で出会う知り合いには飛びつく。^^; これからのひと月でどうやめさせるか、飼い主の資質と根気が問われるなあ)

家という自分のテリトリーでは従順な犬が、公共の場である公園や繁華街で突然興奮したり、想定外の行動にでることがある。その多くは、人間社会の様々な局面を経験していないことが原因の「異常行動」であることが多い。だからぼくは先代犬のMAXには、1歳前から可能な限りの経験を積ませた。公園はもちろん、カフェ、レストラン、駅構内の通路、日常の買い物、池袋・新宿・銀座・吉祥寺・・・犬と泊まれるホテル、犬と一緒に入れる温泉、犬と泳げる海など一緒に行動ができるありとあらゆる場所にMAXと出かけたのだった。公園のような場所では、そこで出会った犬と匂いを嗅ぎあったり、取っ組み合いで遊んだりするのを許可したが、カフェのような狭い場所ではNO。静かにテーブルの下か横で「待て」である。一歩外に出れば、そこは人間の社会。人間であるボスの指示に従わなくてはならない、ということを覚えさせることが大切だ。
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ルーカスは週末ごとのオデカケと3回の旅行で、かなり「待て」ができるようになってきた。先週の那須旅行では6時間の留守番できた。軽井沢では夕方から気温が低くなったので、車の中で待つこともできた。上の写真は秋川渓谷のカフェで「待て」をしているところである。

さて、次の課題は犬社会でのコミュニケーションだ。ほとんどの子犬は、犬同士に関しては怖いもの知らずで、無礼! すぐに寄って行って「アソボ」となる。犬は寄ってきた犬が子犬だと分かれば、無礼な行為に威嚇で応えても本気で攻撃することは少ない。ところが、最近では犬同士のコミュニケーションがまったくできない犬が増えている。子犬だろうが自分の半分以下の小型犬だろうが、遠慮会釈なく本気で噛みに出るような犬もいるから注意が必要だ。
どうしてそんな犬が増えてしまったのか、どうすればそうならないように出来るのか、ということについては何回も過去Postで書いているので、ここでは書かない。
ぼくが子供の頃は、町を野良犬が群れをなして歩いていた。(東京23区内でも!)その群れの中では<ボスと兵隊>というような秩序が出来ていて犬同士の戦いは少なかったが、人間に対しては好戦的な犬が多かったような記憶がある。それから50年。都市部の犬の多くは家の中で暮らすようになったので、人間に対して攻撃的な犬は少なくなった。だが、それは犬同士が触れ合うチャンスを奪うことでもあるから、犬社会に適応できない犬が増加したわけだ。なんと皮肉なことだろう。
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人間社会への適応と並行して、子犬の頃から多くの犬と会わせ、「犬慣れ」させるのがなにより大切だ。家の中に閉じ込めて、極めて狭い「家族」のペットにするのは、ある意味で「精神的虐待」だということを多くの飼い主に理解していただきたい。

ブログ仲間の半斤八両さんが、クルセイダーズを聴きにベイエリアに行った時にこんなコメントをいただいた。

IKEGAMIさんが、人間と犬の関係云々を書かれるのを読んでもいまいちピンとこなかったんですが。(いや、実を言うと若干否定的に思っていたんですが。)フィッシャーマンズワーフから金門橋まで自転車で走ってみたら。砂浜や公園(いや、当然日本の街区公園みたいのじゃなくて広〜い芝生)に家族+ワンちゃん(いや、家族そのもの)がたくさん遊びに来てて。ジャパンだったら、犬同士が良くてフンフン臭いを嗅いで探り合い。ウ〜なんて唸るのはフツーだし、最悪ケンカ。ところが。その家族同士が10mと離れていないのに、ワンちゃんは家族と遊んでる、食べてる、休んでる、寝てる。となりの犬は関係なしに。当然リードなし。 犬って、こんなに安定できるんですね。完全に家族になれるんですね。

日本の犬環境(人と犬との関係のあり方、犬の社会的地位)のなかで「犬は家族なんです」と言うと、単に犬好きのたわごとのように思われることが多い。だが犬は人と人の家族以上の関係になることのできる生き物なのである。(でなければ介助犬、盲導犬などは生まれない!)
ぼくが自分と暮らす犬に望むことは、人に対しても犬同士に対しても優しい犬になることだ。その点、MAXは及第点をあげられる犬に育ったと、ちょっと甘い自己採点をしている。下の写真は遊びに行った家でのもので、その家には2頭のラブラドールがいてMAXは彼らと遊んでいたのだが、近所のラブがやってきた。2頭のラブは訪問者(犬)と相性が悪かったらしく、猛然とイジメを開始。結果、遠くに繋がれてしまったのだが、ノーリードのMAXはそのラブのところに行ってあたかも「怖がらなくてもいいよ」というように寄り添ってあげたのだ。


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6か月(実質は3か月)でかなり多くの経験を積んだルーカスが今後どのような犬に成長して行くか、それは暮らしのパートナーであるぼくらとルーカスの関係を示すものなのである。

「近くにいじめられている犬がいれば、行って怖がらなくてもいいと言い、遠くで転んだママがいれば走っていって大丈夫?と心配する。アメにも夏の暑さにも負けぬ、そういう犬を私は育てたい」
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ママと那須の木立を歩くルーカスには、家族との暮らしの楽しさが後ろ姿からもはっきりとうかがえる。犬との暮らしの至福の時間なのだ。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
『ぼんやり犬のすすめ』を読んだ時はカルチァーショックを受けたものです。
だってお利口さんの犬の代表は警察犬や盲導犬、介助犬や麻薬感知犬、フリスビー犬 etc.
キビキビお仕事したり、人の手助けしたり、競技で大活躍したり・・ワ〜オ! カッコイイ!
我らが家庭犬の場合、特に何もしなくても傍らで気持ち良さそうに寝転がっていてくれたら、こちらを十分幸せな気分に誘ってくれますよね。
人にも仲間にも愛想だけは振りまいてさ。
ルーカス君!まだまだ若いのは分かるけど早めにぼんやりしないと、意に反して何故かキビキビ犬に鍛え上げられちゃうぞ。
hori
2010/07/26 01:25
ぼくも『ぼんやり犬のすすめ』は、もうこれしかないと思うくらいでした。それまで何冊か「お利口さん」の育て方とか、6か月でノーリード脚側歩行が出来る犬にするトレーニングとかを読んでも、ふーんっていう感じでしたから。まあ、人間社会のなかでも優等生とか順法を強く言う人に魅力を感じないヒネクレ者なもんで。
起きていればどうやってイタズラしようかということばかりを考えてるルーカスにむかっ腹を立てながら、よーく考えてみると自分が子供のころはこういうタイプの子だったような気もするんです。
だから塀の向こう側に落ちないスレスレの生き方を教えてあげられるんじゃあないかと…。ははは。
IKEGAMI
2010/07/26 16:36
犬は本当に家族だと思います。
言葉は話せないけれども、彼らは私達人間を良く見ていると思います。
我家には3匹のトイプードルが居るのですが
性格も人間の様に様々で、それを見ているのも楽しく面白いです。
彼らの命ある限り、彼らも私もお互いに一緒に居てよかったと思える関係を作れたらと思っています
IKEGAMIさんのワンコに対する色々な思いも
楽しく、又考えさせながら拝見させて頂きたいと思いますm(__)m
iri
2010/09/07 22:40
iriさん、いらっしゃい!
いまルーカスとhoriさんのうちに寄って、戻ってきたところです。うちの若造、バース先輩に取っ組み合いの遊びをしかけてましたが、オコチャマは相手にされず、憂さ晴らしでリードをくわえたら先輩から怒られました。
関係の作り方がすべてだと思うんですが、それは一匹一匹違うわけで、教科書通りなんてことはありません。まるで、ビギナーのゴルファーに「ヘッド・アップ、ヘッド・アップ」と一つ覚えの言葉しか言えないレッスンプロのようなドッグ・トレーナーが多すぎます。
ぼくとルーカスの関係は、目下、権力闘争中。ちょっと甘くするとつけあがります。まるで自分を見ているようです。
IKEGAMI
2010/09/07 23:12

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