越境入学の楽しさ

JAZZの歴史をちょっとでもかじった人ならば、この音楽が本来交わるはずのない異種の音楽要素が混ざり合って出来た音楽であることを知っているだろう。アフリカ原産のリズムが近代西洋音楽とスパークして出来た音楽であるとか、民族音楽が都市のなかで発展した音楽だとか、いろいろな説があるわけだが、もっとも大切なのはJAZZはクラシックのように完成された音楽ではないという視点ではなかろうか。

>アイデンティティとは「静的な神話」ではなく「動的な方便」である。

というブログ仲間のasianさんの哲学的論考を、先日、ぼくは勝手にJAZZに当てはめて「アイデンティティ」を「JAZZ」に置き換えて読むことを提案してしまった。ぼくもasianさんも、出来上がっているJAZZのフォーム、スタイルに惑わされることなく音楽を聴くタイプのオーディエンスである。(勝手に同類に引きずり込んだが、もし違ったらどうしよう? でも違ったら、“動的な方便”なんて書かないとこれまた勝手に思っているのだ!)
要するに、ふたりともJAZZとは本来いい加減な音楽だと思い、いい加減さこそが創造の源だと言いたいわけで、それゆえその道の権威とかビジネスとして音楽を動かしているひとにとっては厄介な存在だと言えるだろう。
JAZZオタクや保守的なスタイル至上主義者には、忌野清志郎や桑田圭祐、井上陽水のようなロック、ポップスのミュージシャンにJAZZなんて演奏できるはずがない、と思っている人が多い。だが、形だけのJAZZや、有名なだけのJAZZミュージシャンの陳腐な演奏より、彼らの演奏のほうがよっぽどJAZZ的だったりするのである。
よし、今日はその証拠を集めて、見て、聴いていただくことにしよう。


「復活祭」がきっかけとなってYouTube巡りに時間を費やすことになってしまった。「山下洋輔」で検索すると70件以上の動画(一部は音声のみだが)が出てくる。そこで見ることのできる演奏画像は、もう笑えるくらい多種多様。ストレートなジャズはもちろん、ロックあり、クラシックあり、お笑いありの無政府状態である。まあ、異なるジャンルに越境しながら転生してきたのがジャズなのだから、これらはみんなJAZZなのだ!
クリックしてみるとそのいずれもが面白いのに驚かされる。

ではまず、今年惜しまれて世を去った忌野清志郎と山下洋輔の共演を紹介したい。最初は食べやすい料理から。「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」!


2曲目はちょっとハードな「You Send Me」だ。


桑田圭祐が入ったテレビ番組のためのクリスマス・セッションもある。


さて、次の2本は井上陽水とのデュオで、二人の大人のトークも楽しい!



どうだ、十分にJAZZだろう!
まあ、保守的JAZZファンは見ない・聴かないだろうから、そんな頭の固いやつはほっといて、越境して瞬間・瞬間に姿を変えていく音楽の「動的な方便」をお楽しみいただきたいのである。わはは。

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この記事へのコメント

2009年07月30日 21:51
hahaha!!! 

井上陽水はやっぱり天才だ!

それがわかる山下洋輔も偉い!

ところで、先日の移民学会で「移民の創った文化」という題のシンポジウムがあったのですが、そもそも問題の立て方が間違っている。

「すべての文化は移民が創った」というのが正解!

こういう屁理屈も「動的な方便」なんでしょうか、池上さん!

IKEGAMI
2009年07月31日 18:08
>「すべての文化は移民が創った」

その前に、「すべての人間は移民だ」。これが究極の「動的な方便」だと思います。
ぼくは高校生のころ、本気で「国籍を喪失」したいと思ってました。

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