虹が運んできた映像

いやあ、驚いた。「山下洋輔トリオ復活祭」のレポートをアップした途端に、このブログのクリック数が突然アップしたのだ。アクセス・レポートを見てみると、多くの人が「山下洋輔/復活祭/日比谷・野音」というようなキー・ワードで検索して、ここに入ってきている。
ブログ、WEBサイトでこのコンサートがどのように書かれているか興味があったので、ぼくもいくつか読ませていただいた。さらに驚いたことには、その殆どが「復活祭」を単純なノスタルジー・イベントとしてではなく、パーマネントな活動で、はないにせよ現在時制で進行する演奏としてレポートされているのである。というのは、山下洋輔がパーマネント・バンドとしてのトリオ・フォーマットに終止符を打ってから、もう30年近い年月が経過(NYトリオとかトリオ+1というのはあったが・・・)しているので、どの組み合わせにも“伝説の”というフリがついてしまうからだ。そんなフリがつくと、「昔は凄かった」というような後ろ向きな聴き方につながる危険が大なのである。
ぼくはジャズ・ファンが、必ずしも鳴っている演奏の前にオープンな気持ちで立てる音楽ファンだとは思っていない。むしろ、演奏のスタイルや音楽のカテゴリーに対し保守的な人が多いのではないかとさへ思っているのだ。
「ジャズはビ・バップですよ」、「やっぱり4ビートだね」、「ブルーノートの1500番代じゃあなくちゃ」、挙句は自分の好きでない(あるいは理解出来ない)演奏には「あれはジャズじゃあない」!
こういう狭いオタッキーなファンが、ジャズに「マイナーな音楽」というイメージを与えてしまったのだ。1980年代にレコード業界の年間総売り上げが、豆腐業界と同じくらいという時期があった。歌謡曲を豆腐とすると、ジャズは「おから」くらいのシェアなんだろう、というのがぼくらの自虐的な表現であったが、山下トリオを含むフリージャズ、前衛的なジャズはその「おから」のなかでも超マイナーな部分にすぎなかったのだ。(まあ、今でも同じだが・・・)
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楽屋風景:(左より)国仲勝男、相倉久人、林栄一、菊地成孔(ぶれている影!)、山下洋輔; 本番スタート15分前

だから、「復活祭」に3000人以上の聴衆が集まること自体、一種の奇跡に近い。聴衆の年齢層の高さに、ぼくはみんなが期待しているのは「ジャズ版・3丁目の夕日」なのかと危惧していたのだが、野音に集まった人々の反応は実にストレートなものであった。しかも、暖かい。
「今日は、自分で“よし!”と思える音出した時に、客席がワーっとくる。嬉しいよね」
という林栄一の言葉が、聴衆のクオリティの高さを言い表していたように思えるのだ。
演奏を良くすることの半分の責任は客席にある、という相倉と菊地の過激なトークが終わった時に、日比谷の空に大きな虹が架かった。しかもダブル・レインボー! 天もステージと客席のコラボレーションを祝福してくれているような気分にさせてくれたのだった。
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ぼくは熱心なネット・サーファーではない。だが、「復活祭」に関するネット情報を求めている隠れた聴衆への興味から、数時間もブラウザを眺めることになった。その結果、面白い映像をいくつか発見したので、紹介したい。
最初の二つの映像は、40周年「復活祭」を行うに先がけて「題名のない音楽会」に出演した時のもので、山下・坂田・森山にタモリが加わり、爆笑トーク。そして「キアズマ」を演奏する10分弱のものと、進行役の佐渡裕の求めに応じてフリージャズを解説するため「乙女の祈り」をフリーで演奏するというおまけ付きグリコ! 坂田の音色が素晴らしい!!
http://www.youtube.com/watch?v=E0Wjlsd3cTM

http://www.youtube.com/watch?v=sCN4UOhpFOk

さらに、「グガン」も発見。19日の当日に会場に行けなかった人はこの映像でうっぷんを晴らしていただきたい。当然、PCの音量は最大に!
http://www.youtube.com/watch?v=F9sGj5dwOYs

そして、結成された頃に山下トリオを聴けなかった人は、この映像を! 69年早稲田大学バリケードの中での演奏で、ぼくもどこかにいるはずだ。テレビのドキュメンタリー番組が仕掛けた企画なので、ちょっと恥ずかしい編集になっているが、演出が田原総一郎だから、まあ、しょうがない。これを家庭のPCで見られることを素直に喜びたい。
http://www.youtube.com/watch?v=NghGx-Vw5zQ


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この記事へのコメント

masae
2009年07月23日 23:09
ダブルレインボウに祝福されたコンサート、行きたかった!行けなくて残念至極!69年バリケードの中でのコンサートが聞けるなんて思いもしませんでした。ITの恩恵ですね。
IKEGAMI
2009年07月24日 11:15
初めてmasaeさんのお宅にお邪魔したのは、山下トリオが結成されてまもない頃でした。山下家の知り合いだったとは!
「年金生活者になるように会社員になる」と言ってあの出版社に入ったのに、そこで編集していたYAMAHAの雑誌に山下さんが「風雲ジャズ帖」を連載してた。で、1年後には御存じのような夜も昼もない生活となりました。
会社を抜け出してピットインに行ってた新入社員は、楽器の広告が始まってからは、仕事だと大手を振ってコンサートに行けるようになって、入場料は会社持ち。天国に行ったみたいな日々でしたから、どんなに大変でも辛いと思ったことはありませんでしたね。(不満はあったけど!)
出来たばかりの「つま恋」のゴルフコースでトリオとプレイしたのですが、あの3人は9ホールで1ダースのボールをなくし、ぼくは途中で買いに走りました。あそこの最初のパンフレット、デザインは旦那です。
2009年07月24日 16:17
「風雲ジャズ帖」といえば、小生の友人でもある中澤まゆみさんが関わっていたんですよね。(笑)「あの頃、池上さんとライブ会場でよく一緒になって遊んだわ」とか言ってました。(笑)
IKEGAMI
2009年07月24日 17:45
中澤さんは当時、YAMAHAの渋谷店か音楽振興財団にいたんじゃないかな。それで、ライト・ミュージックのYAMAHA側の編集担当。(実務は草思社でした)
あの人、時々とてつもない企画を出すんです。「ジャズランド」がつぶれる直前の1冊丸ごと山下洋輔特集の別冊、それから全冷中を組織して、新聞を出し、冷やし中華祭りをやるというアイデアの中心者でした。ドンバはギャハハと笑って騒いでるだけですから!
でも、そういう人を面白がるというオーガナイザー(単に受けてるだけという説もあり)の才能があのピアニストにはあるんです。
中澤さんとは日比谷で会って、打ち上げ会場で話しました。彼女の食い物のブログはなかなかですよ。昔を知ってる者としては、料理をきちんとやってる彼女は晴天を通り越して雨天の霹靂です。
IKEGAMI
2009年07月24日 20:52
masaeさん、書き忘れたことがあります。

山下さんの妹さんとmasaeさんの妹さんが国立の同級生でしたよね。眞理子さん、去年ジャズ・ヴォーカリストとしてCDデビューしたんですよ。長くアメリカにいらしたそうで、英語の発音はなかなかで、歌も独特の雰囲気があります。プロデュース、ピアノは洋輔さん。
検索エンジンで名前を入れるとたくさん出てきて、視聴できるWEBもありますので、是非。
masae
2009年07月25日 00:01
ウチの妹と洋輔さんが国立音大の同級生だったのです。音大時代のふざけてばかりの洋輔さんがBIGアーティストになるとは考えられないことでしたよ。父上がハーモニカの大家の宮田君と一緒によく我が家に遊びに来ていました、忍者ごっこばかりしていたようです。真理子さんのボーカル、是非聞いてみます。
まゆニャン
2009年07月25日 00:53
いやあ、いいコンサートでした。ダブル・レインボーもきれいに出たし、森山さんも元気だったし・・・。見逃したままになっていた「バリケードの中の・・・」教えていただいてありがとう。池上さんはわからなかったけど、若き日のニタさん(山下夫人)がいましたね。youchubeにちょこっとあった粟津家の「ピアノ炎上」。目の前で見たあれを、もう一度見られるとは思わなかった。40年、あっという間でしたね。
IKEGAMI
2009年07月25日 03:08
masaeさん、聴いてみてください。
ふーん、宮田英夫も一緒だったとは!あの人、ゴルフのアドレスが長くてなかなか打たない。ぼくが宮田銅像という名前を付けました。
まゆニャン、ニタさんの洋服が周囲の学生と違ってて目立ちますよね。お嬢様ファッション。ピアノ炎上の粟津家にもいたんだ。昔から老け顔のお局っていわれてたまゆみさん、みんな老けてるのに逆に若返ってたのにはびっくりしました。人間、長いサイクルでみるとプラマイ・ゼロだ!(昔がマイナスと言ってるのではありませんよ、ははは)
masae
2009年07月26日 20:50
山下眞理子さんのボーカル、聞きました。大人のサウンドでとてもエクセレント!60過ぎのデビュー、素敵ですね。ご活躍を楽しみにしています。
ドン・キホーテ
2009年07月26日 21:17
やっぱり、池上さんもあの日会場にいたんですね。あたりまえか! ご無沙汰しております。岩本です。池上さんと知り合えてなかったら、ぼくは7月19日に野音にいることもなかったかも知れません。今更ですが、感謝しています。あの日のライブの模様については「池上さんのブログを見てください」と自分のブログに書かせてもらいました。
IKEGAMI
2009年07月28日 20:35
おお、敏さんだあ。こちらこそ御無沙汰してます。
去年くらいだったか、某ホテルのJAZZイベントの最前列で中村誠一を聴いてたという噂は入ってました。
「レコパル」創刊当時、編集者に山下トリオを聴けなんていうライターはマイナーの証明で、そんなぼくをレギュラー・レビュアーに起用する編集者もマイナー!こちらこそ感謝ですよ。

そういえば「山下トリオによるフリージャズ入門」なんて特集記事もやりましたね。あれは今は亡き笹原博が業界に対して突っ張った結果の記事でした。
ブログ仲間に当時の「レコパル」を保存してて、時々消しゴムで消したいような記事を突きつけられることがあります。
>半斤さん、すべての責任はこのドン・キホーテ氏にあるんです。
敏さん、また遊びに来てください。

ドン・キホーテ
2009年07月29日 00:46
 池上さん、責任とってください(笑)。
池上さんと出会わなければ、私は山下洋輔トリオにのめり込むことはなかったでしょうし、坂田明を舞台袖で聴かなかったら、アルトサックスを吹いてみようなどという大それた思いは抱かなかったはずです。
 池上さんに誘われて、取材も兼ねて通った山下トリオのライブで、坂田明のサックスを聴いて、「これならぼくでも吹けるかもしれない」などと思い込み、ついにはアルトサックスを買い、ヤマハの教室に通い、チャーリー・パーカーからデビッド・サンボーンあたりまでのアルトサックス奏者のレコードを聴き漁り、いっぱしのジャズ・ファンのような顔をしてライブにも足繁く通っていたのは、もう35年も前のことになります。もっとも、JAZZに限らずジャンルなんて関係なく(ジャンルなんてくそ食らえと)音楽を楽しんでいた日々でした。それも池上さんの影響です。
 日曜日の蒸し暑い野音で、当時と変わらないパワフルでうきうきするような歴代の山下トリオの演奏を聴きながら、私の脳裏には『FMレコパル』の創刊準備に奔走していたころの思い出が次から次へと浮かんできました。
IKEGAMI
2009年07月29日 08:37
そうですねえ、「FMレコパル」はド素人集団にしか(だからこそ、かな)できないことを実現した数少ない雑誌でした。もし業界ずれした編集者が創刊したら、ジャズはビバップかクロスオーバー&フュージョン。フリーなんて無理です。
でも、半年もすれば「常識」は身に付くから、そこで素人の面白さをキープするのはかなり難しいことなんです。だけど、ジャンルなんてくそ食らえ、が続けられたのはあの雑誌に集まった人々が信頼し合ってたからでしょう。だから先行雑誌に追い付け・追い越せが出来たんでしょうね。(ド素人であることを自分たちで笑えるセンスもあったし・・・!)

責任ねえ。それはこっちが言いたい!敏さんにピックアップされなかったら、日本を代表する学者になってたかも知れないんだから。でも、オーソドックスなジャズ評論家だけにはならなかったでしょうけどね。
納豆
2009年09月25日 13:27
山下洋輔さんがNHKテレビに出演されてますよ

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  • 山下洋輔トリオ 40周年記念 復活祭

    Excerpt: いやー、すごかった。 メンバが入れ替わり立ち代りだったけど、 やっぱ、坂田明の音は唯一無二だし、 森山威男もすごすぎ。 あれだけ「歌ってる」ドラムはめったにいない。 でも、一番すごかったのはダブルレイ.. Weblog: a weblog by k1 racked: 2009-07-23 18:03