ボストンからの新しい風

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友人から「ボストンンに住んでクラシックをやっているぼくの中学校の同級生が、日本でコンサートをやることになったんです。ジャズも演奏するんですが、すごく新しい感覚でクラシックに取り組んでるんで、聴いてみてください」とCD持参でお誘いがあった。この友人は本職は商社マンなのだが、学生時代からジャズ・ベースをやっていて、かなりクリエイティブな演奏をする男である。
在ボストンの日本人ピアニストの名は戸口純。1963年、東京生まれのピアニスト&作曲家である。立教大学卒業後にミシガン大学大学院に留学、さらにイエール大学、ニュー・イングランド音楽院、バークリー音楽院で音楽を学んでいる。彼の名が日本で知られるようになったのは2007年、岡倉天心がイザベラ・ガードナーの依頼で書いたオペラの台本「白狐」を作曲し、東京芸術大学で初演してからである。
戸口は自らコンサートのパンフレットに「ボストンにしつこく滞在したことで、得をしたこともある。例えば、岡倉天心のオペラ台本The White Fox [白狐}に作曲する仕事を依頼されたこと」と書いている。こうした具体的な事象も「得」だとは思うが、ぼくは彼のボストンの生活がもたらした形に現れぬ「得」のほうを注目したい。

戸口の音楽から離れた話になるが、先月POSTしたジャズピアニストのチック・コリアは、ボストンのチェルシー生まれである。彼とはよくホームタウン・ボストンの話をした。
「ボストンはいい街だよ! アメリカはここから始まったんだからね。ほら、メイフラワー号に乗って新天地を求めたピルグリム・ファーザーズが上陸したのはボストンのちょっと北のニュー・プリマスだって知ってるだろ。あの、彼らが出発したのがイギリスのプリマスだったっていうのは知ってる? 偶然なんだよ。
GAMMYは京都っていう街は伝統と革新意識が同居した面白い街だって言ってたよね。それを聞いた時、ボクはボストンと同じだ、って思ったんだよ。ボストンには“アメリカ最古”っていうものが多い。その遺産と伝統は大切にするけど、新しく入ってくるものや、作り上げる物に対して寛容なんだ。すごく“ジャズ”なのさ!
だから、クラシックの牙城であるニューイングランド・コンサヴァトリー(音楽院)でもジャズのメジャー(課程)があるでしょ。ジョージ・ラッセルがリディアン・クロマティック・コンセプトを教えてるし、卒業生にはセシル・テイラーのような革新的な音楽家が多い。近くにはバークリー音楽大学もあって、ゲイリー・バートンに教えてもらうこともできる。ボストン・フィルハーモニーでOZAWA(征爾)が素晴らしい演奏を聴かせてくれているすぐ横で、さまざまなスタイルのジャズが演奏されている。それがボストンなんだよ。どうだ、いいだろう!」

おそらく、戸口純はこうした地域性&音楽性を判断してボストンを活動の地にしたのだろう。彼はパンフレットにこうも書いている。
「1960年代に生まれた私は、日本、海外の様々な大衆音楽に反応してきた。(中略)音楽の二面性、学問性(あるいは厳密性)と娯楽性のあいだを、自然に泳いでゆけたら嬉しい」
まさにチックの言う“ボストン”に重なる考え方である。そして、この冷静な自己分析は戸口の演奏する音楽に反映されていることを指摘しておきたい。それはクラシック・ミュージシャンの新世代に共通する感覚であり、最近多くのファンから支持されているトルコ人ピアニストのファジル・サイのパフォーマンスなどはその突出と考えられるだろう。だが、どんな時代にあっても保守派はマジョリティであり、かれらは既存の体制の中で権力を保有していることを忘れてはなるまい。
かつて、フリードリヒ・グルダがウィーンでコンサートを開くと、グルダのベートーヴェンを聴きにきたジイサン、バアサンはアンコールになるや席を立ったという。アンコールの曲目がジャズ楽曲とグルダだからである。演奏がつまらないからではなく、ジャズやオリジナルを弾くからという理由で耳を閉ざすこうしたクラシック・ディレッタントが、当面の新世代ミュージシャンの敵となることは明白だ。
友人が持ってきた戸口のCDはショパンの「24 ETUDES」。“練習曲”と訳される曲集だが、決して易しくはない。この難曲に向かう戸口の感覚は実に瑞々しい。自らが書いたライナーノートからもうかがえるように、厳密なアナリーズを濾過過程として作曲者のエモーションに迫れる喜びが音となってこちらに届くのだ。
12月14日に東京オペラシティのリサイタルホールで行われるリサイタルでの演奏曲目は、彼の手になるオペラ「白狐」からの数曲、ラフマニノフの前奏曲、ショパンの練習曲「革命」、そして即興演奏とヴァラエティに富んだ構成である。

いったい、どんなところに連れて行ってくれるのか、どう敵を撃破するのか、今から興味津々である。


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この記事へのコメント

torigen@外泊
2008年12月07日 16:21
“知的に音を愉しみ組み立てながら浮遊する”って感覚なのかなぁ…?その活動もバラエティにとんでエネルギッシュ、世の中凄い人がいるものですね。ボストン、想像しかないですけれど歴史的にも街の空気感も知的で落ち着いた雰囲気、そこかしこから弦楽器の音色が聴こえてきそうな…そんなイメージを持ってますけれど。
術前、一時外泊で帰ってきました(汗)。
宮野さんライヴに術前最後に…と(この前の渋谷さんの時もそう思ってましたけれど…)千本中立売下ルちょっと小山を登ル…住宅街のくせして山の中の一軒家「はちはち」まで行って来ます、わはは。明日には戻って明後日のオペに備えます(爆)。
IKEGAMI
2008年12月07日 17:13
その通り!
渡辺貞夫さんとコンサート・ツアーに行った時、ボストンでは彼の住んでいた古い通りを歩きました。あちこちのレンガ作りの家からストリングスやサックスの音が漏れ聴こえてきました。貞夫さんの笑顔が忘れられません。
バークリー音楽院・学長夫妻とのディナーの面白い話はToriさんが退院してからのお楽しみ。宇宙からの帰還をお待ちしてますよ!
masae
2008年12月10日 10:32
このような素晴らしいアーティストのコンサートがオペラシティーで有るのなら是非拝聴したいのですが、残念!昨日から14日まで彫金の展覧会中なのです。検索したらマチネー!夜だったら行けたのに、搬出が5時なのです。。
早速CDを注文します。
?10年ぶりに「音楽の友」を読んでみました。
日本のクラシック界は変らないだろうなあ!
IKEGAMI
2008年12月10日 14:13
ふふふ、「界」のつくところを変えるのは難しいですね。ゴルフ界の時代錯誤について先日POSTしましたが、霞が関(日比谷ではありません)とか程が谷といういわゆる名門で、ヒートテックを重ね着して腕に出すのがジジイどもによって禁止されました。下着を出すと不愉快に感じる人もいる、っていうのが理由。バッカじゃなかろか。スキー用のタートルなんかどうするんだって聞いてみたいです。
ファジル・サイ(行けそうもない!)の即興をきいて「つまらない」って言ってるような人が多いと、日本のクラシック界はいつまで経ってもダメです。小沢がN響からボイコットされた頃とたいして変わってないみたいですね。あーあ。

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