On The Road with Chick Corea<4>

これまで3回にわたってチック・コリアとのプライベートな会話を紹介(暴露)してきたわけだが、ぼくがそうした原稿を書くようになるまでには、かなりのタイム・ラグがあったことをお知りおきいただきたい。彼は世界的にその名を知られた有名人、こちらはどこの馬の骨ともつかぬ無名のただの人。レコード(CD)やコンサートについては、何を書こうが自由だ。ま、人様が一所懸命作ったものなのだから、おのずとマナーというものはあるが・・・。だが、日常の付き合いというものは本来、プライベートな関係性の中で完結する時間であるはずだ。不特定の他人が介在しないコミュニケーションなのである。
だから何より気をつけたのは、会話を公開することによって、その内容よりも有名人と付き合いがあることをアピールしているような印象を与えないようにすることであった。チックのコンサート・プログラムに彼との面白い話を書いてくれという依頼を受けた時に、本人に「ぼくらのコミュニケーションを書いていいかなあ?」と聞いたことがある。

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          (ChickのWebのPhotoより/リターン・トゥ・フォーエヴァーの楽屋。アル・ディメオラ、
          スタンリー・クラーク、レニー・ホワイトと)

「必要なら何を書いてもいいんじゃないの」
という、あっけらかんとした答えが返ってきた。
「GAMMYはさ、鯉沼が企画したライブ・アンダー・ザ・スカイについて<こういう企画を立てた人を、別に尊敬はしないが信用する>って書いたらしいね。そういうことを書くジャーナリストをぼくも信用するってことさ」
このチックの冗談が「表現」についての議論を誘発した。
「チックは誰にでも好意的に向き合うよね。最初から人を疑ったりしない。そのポジティブさは真似ができない。スゴイと思う。でも、そういうポジティブな人って、人知れず傷つくことが多いんじゃあないのかなあ」
というぼくの発言に、彼がすかさず反論した。
「人に対しても、音楽表現でも、表現というのは自分のインサイドからアウトサイドへの、一方通行のようなものだと思うんだ。その表現へのリアクションは結果であって、前もってアウトサイドからの反応を期待したり、想定してすべきことではない。もしボクがそういうことを考えて表現していたら、期待していた反応がないことに傷ついたりするだろう。最後まで一方的に、自分の<内>から<外>に向かって投げかけることが表現なんだよ」
これは、言うのは簡単だが、なかなかできることではない。

では複数の人間による表現、グループ・エクスプレッションについてはどう考えているのだろうか。
「これは単独の表現よりも、表現の構造が複雑になる。当たり前だけどさ。音楽の場合、たとえばトリオなら3本の平行な線A,B,Cを思い浮かべてほしい。その線は直線じゃあなくて、グニャグニャ曲がってるんだ。だから、AとBが近づいたりクロスしたりする。BとC、AとCも同じさ。3つの線が重なり合うこともあるだろうね。
普通、グループでの表現をまとめようとすると、この何本かの線を重ねあう努力をして、それができるとグループの表現ができたって思いがちなんだなあ。ここが落とし穴なのさ!セロニアス・モンクはそんな努力なんかしなかったと思うよ。むしろ、共演者の音を完璧に把握しながら、すぐに反応せずに、わざとすれ違ったりするんだな。だから、複雑なグルーブが生まれて、音楽全体が豊かなものになるんだ」

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チック・コリアが多くのファンを獲得したのは、あの“カモメ”のジャケットの「リターン・トゥ・フォーエバー」が記録的な大ヒットとなってからだ。それは1972年のことであるが、彼はその直前には「サークル」というグループで、フリージャズに近いコレクティブ・インプロヴィゼーションのチャレンジを行っていた。ぼくは、ギラギラした鋭い眼光でフリー・フォームに取り組むチックが好きだったから、ヒットしたRTFの音楽を何回も聴こうとは思わなかった。
もし、チックの若い頃の演奏を聴いてみたいと思われるのなら、デビュー・アルバムの「TONES FOR JOAN'S BONES」か第2作の「NOW HE SINGS、NOW HE SOBS」をお勧めしたい。特に第2作は70年代ジャズを切り拓く瑞々しい感受性が溢れた名作である。この演奏を初めて耳にした時のショックは忘れられない。

「ああ、ブルースをルーツに持たなくともジャズができるんだ!」

このように70年代以降のジャズを先端でリードしてきたチック・コリアと、Roadの楽しい時間をともにできたことはぼくの財産の一つである。ミュージシャンならではのジョークと笑いに満ちた時間のひとこまを紹介して、このPOSTの締めくくりとしたい。
1983年にオープンしたよみうりランドのこけら落としはRTFの再結成コンサートであった。ぼくは客席の一番後ろに立っていた。そこに携帯キーボードを肩にかけ、客席を練り歩いて演奏するチックがやってきた。
「あ、GAMMY、あとからホテルに来てよ。鮨が食いたい!」
演奏しながらのリクエストであった。
その夜、ぼくとチックは神田の鮨屋にいた。腹が減ったというチックの前に、次々と握りが並べられる。一通りの鮨を食べて落ち着くと、いつもと違うものも食べたいと言い出した。
まず、ぼくがオーダーしたのは縞アジ。
「うまい。これはなんて言う魚だ?」
英語で縞アジなんて知ってるわけないだろ!
「うーん、この白身魚はマグロ(ツナ)やハマチ(イエロー・テイル)とちがって、ちょっとマイナーな魚である。ピアニストでいえば、ビル・エヴァンスみたいな誰でも知っている存在ではなく、ジャッキー・バイアードみたいなタイプだね」
「そうか、ヒップな魚なんだな。じゃあ、次はエリック・ドルフィーを頼む」
特別に親方に頼み込み、アワビの肝を出してもらった。
「グハー、ほんとにドルフィーだあ! じゃあエンディング・コーダを」
ぼくが選んだのはネギトロ巻き。
「いままでよく鮨を食べたけど、こいつはうまいぜ。なんていうんだ?」
「一般にはネギトロ・ロールって言われてるんだけど、内緒だがデューク・エリントン・ロールっていう別名もあるんだよ。軽く感じる人もいるだろうが、ホントは重たい。聴き手(?)を判断するには最適さ」
この夜以降、チックが日本のRoadでケータリングに指定する軽食はネギトロになったそうだ。地方の主催者の方々、ロード・マーネジャーには申し訳ないものを教えてしまったと、お詫び申し上げ、このPOSTを終わらせていただきたい。

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この記事へのコメント

納豆
2008年11月21日 01:57
IKEGAMI様、ごぶさたしておりました。しばらくブログをお休みされていたようだったので、チェックを怠っておりまして、書込みが遅れてしまいました...。
チック・コリアの記事1~4を興味深く拝見しました。「スゲースゲー」と、深夜一人でつぶやきながら一気に読ませていただきました。内容の面白さはもちろんの事、スピード感のある文章に改めて溜め息が出ます。これからも期待しております!
(しかし、自分のサイトの稚拙な作文が無性に恥ずかしい今日この頃です...)
IKEGAMI
2008年11月21日 05:41
納豆さん、久し振りです。
知り合いからブレッカーやマイニエリの続きを早く、と言われています。単にブログのネタとしてだけでなく、ひとつの文化の証言として続けなきゃいけないと。記憶を戻し、資料にあたるのがちょっと億劫になってました。結果として言語鬱。
まあ、ボチボチやりますので気長にお付き合いください。
納豆
2008年11月21日 13:01
>ひとつの文化の証言として続けなきゃいけない・・・

まったくその通りだと思います。貴重な時代の証言を、これからもよろしくお願いいたします。
masae
2008年11月23日 12:18
ちょっとした一言から思わぬ素晴らしい話が伺えて幸せでした。ブログのネタだけでは本当に勿体無い!ゆっくり待ちますので<ひとつの文化の貴重な証言>として本にでもできないかしら?期待しています。

2008年11月24日 18:15
ジャッキー・バイアード寿司に「ヒップ」と反応したチックも面白いけど、ドルフィー寿司というリクエストに「アワビの肝」を特注した池上さんも尋常ではない。(爆笑)まさにアドリブの応酬ですね。しかし、ネギトロがエリントン・ロールだとは知りませんでした。(再度爆笑)
IKEGAMI
2008年11月24日 19:02
asianさん、ぼくが彼らと過ごしたオフは、ストレートに音楽の話をするって少なかったな。アホな話ばかり! で、時々スパークして<3>のようになるわけです。<4>の寿司話、記憶違いがありましたので、後ほどコメント欄で訂正して、本文のほうも直します。
どちらかというと、日本のミュージシャンのほうが音楽の話をすることが多いですね。ミュージシャン同士で飯食ったり、飲んだりしてる時に。まじめ、なんでしょうね。
masaeさん、お誉めいただき光栄です。あの会社を辞めてからの30年間はこんなことばっかりでした。文化、とは言えないですよ。ははは。
IKEGAMI
2008年11月24日 19:08
asianさんのコメントを読んでるうちに、記憶違いに気づいたので訂正いたします。

ジャッキー・バイアード=縞アジはまちがいなし。
エリック・ドルフィーは雲丹の軍艦です。
で、「アワビの肝」はチックがアルバート・アイラーを、と言った時に特注しました。
エリントン・ロールは、ジャズ・ファンなら誰もがその味にひれ伏すことでしょう。生誕の日はみんなでネギトロを食べて祝いましょう!

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