2月24日 コンサート&同窓会

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2月21日、東京・初台のオペラシティで山下洋輔~セシル・テイラー・デュオという“とんでもない”コンサートがあった。日米のフリー・ジャズの巨人が即興で火花を散らすステージを待ち望んで30年。コンサート・ホールに入ると、76年のモントルー・ジャズ祭のワン・シーンがまるで昨日のことのように頭の中に甦ってきた。
山下洋輔トリオの出演日は、サン・ラ・アーケストラ、山下トリオ、そしてセシル・テイラー・トリオというフリー・ジャズ・ファン垂涎の企画だ。最初に登場したサン・ラがやってくださった!半裸のダンサーたちがエリントン・ナンバーで舞い踊り、とどめはニューオリンズ・スタイルの曲で場内1周パレード。もう場内総立ちの大興奮となった。これでは後から出る2グループはこの余波をまともに被ることになるだろう。
そのザワザワの中でわがトリオのステージ・セッティングとなった。主催者側のローディーが森山さんのドラム・セットを所定の位置で組み立てているのだが、仕事が遅い!「サン・ラはねえ・・・」なんて雑談してる場合じゃあないだろう!!隣りにいたカメラマンの市川幸雄くんを見ると、彼もイラついてたらしくステージを指差すのである。以心伝心、阿吽の呼吸、ぼくらは席を蹴ってステージに飛び乗った。セキュリティが「下りろ、下りろ」と言いにきた時は、もうセッティング完了。そりゃあ悪うございました、お邪魔しましたね、ってもんだ。

山下トリオの演奏が始まった。案の定、聴衆の反応は鈍い。肘打ちにもワーっと来ないのだ。よーし、騒いじゃえ、とこれも阿吽のめくばせ。2曲目の中ほどからは、まあ、フリージャズの大好きなヨーロッパの聴衆に戻って、演奏に反応するようになったのであった。そこに、暴力的エンターテイナーの坂田明さんが「月の砂漠」入り「ゴースト」(アルバート・アイラーの曲)&ハナモゲラ・ボーカルをかましたものだから、場内は再び大騒ぎだ。かくして、山下トリオはその実力でヨーロッパ・フリー・ジャズ・シーンの人気グループとして位置付けられることとなったのである。
そうだ、ぼくがここで書きたいのは、この山下トリオを、ステージの袖でジッと見ていたのがセシルだったということだった。前置きが長すぎた。セシルは山下トリオの演奏が終わると、「今日は長くなりそうだな」といって、いったん楽屋に戻り、空手着のような戦闘服に着替えてステージに上って深夜12時過ぎまで、2時間以上の演奏を続けたのであった。このことを山下洋輔に話すと、「うん、あの巨匠はかなり俺達のこと意識してるらしいって、ホルスト(ホルスト・ウェーバー=ENJAレコードのオーナーでトリオのヨーロッパ・マネジャー)が言ってたな。まあ、同じフリーで、同じピアノ。トリオの楽器編成も同じだからな。いつかはお手合わせをしていただきたいと思ってるんだけど、今は無理だろね」というお言葉が返って来たものだ。

そして、30年。ついに「お手合わせ」が実現の運びとなった。このランダム・ダイアリーではコンサートの内容には触れない。改めてPostを立て、ジックリと書きたいからだ。(日記でヨカッタ、ヨカッタなんて書いたら両巨匠に失礼だから・・・)
一言だけ書いておきたいのは、アメリカの巨匠の音の大きさにぼくの口はずっと開きっぱなしだったこと。77歳なんてウソでしょう、というくらいでかいのだ。そして、ダイナミズムとセンシティビティの絶妙なバランス!目の前で、夢のような時間が経過していくのであった。

コンサート会場に足を踏み入れた時から、なんだか妙な気分に襲われていたのだが、それはやっと実現したデュオへの期待だけでなく、会う人の殆どが「知った顔」のようで、ただ老化しているだけ、というまるで同窓会のような感じになっているからであった。
あのトリオのフロントで暴れていた坂田明、山下洋輔がフリー・スタイルのトリオを結成(69年)する以前から的確なアドヴァイスを送り続けた相倉久人、トリオの2代目マネジャーの岩神六平、トリオを中核としてイベントを制作してきた川村年勝、物書きでは青木和富、悠雅彦という顔がズラリと並んだのだ。
70年代半ばからのワン・デケイド、ぼくらは山下洋輔トリオ無しには夜も明けないという日々を過ごしてきた。貞夫なにするものぞ、コルトレーン亡き後のアメリカのジャズなにするものぞ、頭でっかちなヨーロッパのフリーなにするものぞ!オレタチには山下トリオがあるじゃあないか。
これはまさしくひとつの「時代」であったのだ。と思った瞬間、ぼくのブログに寄せられたコメントを思い出した。

>文化には「場」が必要です。「場」を作るひとも必要。
時代が「場」を作り、時代が「場」を壊す。
でも、一瞬間だけ真理を見ることがあります。
by Asianimprov

でも、この夜の「真理」、「夢」は一瞬間ではなく、もっともっと続いてくれないか、と思ったのだった。

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写真は左より相倉久人、坂田明、山下洋輔。あの「時代」には、いつも新宿ピットインや、「石の家」、「ジャックの豆の木」などで顔をあわせていたものだ。

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この記事へのコメント

chi-B
2007年02月24日 15:03
What a great flow! It is surely inspiring.
Thank you... with much RESPECT. 一度だけ生の山下さんを2005年の春一番で見ました。山下洋輔さん、森山威男さん、坂田明さん、麿赤児さん、(パフォーマンス)+黒田征太郎さん(ライブペインティング)でした。本気の迫力を今も覚えています。
板前
2007年02月24日 17:38
池上さんのこの生き生きとした語り口でセシル~山下さんを知った20-30代の若い方が、村上春樹さんの「意味がなければスウィングはない」を読んでCDを購入し、「?」と音楽をよく理解できなかった若者と同じように、セシル・テーラーの名盤を購入して唖然とするのではないか?・・・・と(笑)
それにしても、フォークソングをナツメロとして今聴く団塊の世代と違って、セシル~山下さんはナツメロにはなりえない緊張感と疾走感があるというのがフリージャズの凄さなんでしょうねぇ。あの時代の中でフリー・ジャズを聴いた人間には理解できるsomethingがあるのかもしれませんね。
IKEGAMI
2007年02月24日 20:45
chi-Bちゃん、早速よんでくれてありがとう。
ぼくら山下トリオ周辺でウロウロしてた仲間は、このユニークなグループを、「観光ジャズ・フェス」じゃあなくて、外国のロック・フェスティバルに出したかった。あのエネルギーとスピード感はロック・ファンこそ理解してくれるんじゃあないかと思ってました。スタンダードを演ってればジャズだと思ってるような貧困な奴らは相手にしない、という気概に満ちていたのです。当時は、コネがなくてダメでしたけどね。残念です。
板前さん、毎度どうもです。ぼくは団塊の世代そのものですが、フォークのリバイバル・コンサートに行って、「俺たちは頑張ってた」なんて言うような老人だけにはなるまいと思ってます。若者たちを唖然とさせ続ける「青臭い老人」が理想です。
torigen
2007年02月24日 21:28
IKEGAMIさんのpostを読んでると、その頃の興奮がリアル・タイムに経験しているような錯覚に陥りそうですネ。
やはり疾走感ですかね!ポイントは…?
IKEGAMI
2007年02月25日 02:32
時代もぼくも疾走感を求めていたように思えます。疾走しすぎたので、現在はそのひっくり返しの喪失感が大きい(笑)。失踪したいくらいです。
torigen
2007年02月25日 10:34
よく八ガ岳なんかに“失踪”するじゃぁないですか?うぁはは。
昼から春日神社までBig BandのLiveを観に行ってきます。
うちでリンクしているBONちゃん(p)が出演なので、どれだけFunkyなのか楽しみです。
クニオパトラ(in mixsi)
2007年02月28日 09:53
川村さんとつい先日、ネットで再会することが
できてこのコンサートがあることを知りました。栃木から聴きに行けなかったことが残念です。かつて、セシルが厚生年金ホールでやったときには山下さんと一緒に行って聴いたことがあっただけに、残念!!
音の方は発売になるんでしょうか?
(長谷邦夫)でした。
IKEGAMI
2007年02月28日 12:54
おや、長谷さんじゃあござんせんか!お久しぶりです。
新宿・ジャック時代以来だから25~30年ぶりですよね。川村さんのWEBは閉鎖になってたけど、また開いたのかな?長谷さん栃木なんですか、いま?それにしてもH/Nがクニオパトラとは、相変わらずのセンスですねえ。
このコンサートは秋にDVDで発売になるそうです。早く観たいでしょうね。
J・AGE
2007年02月28日 16:43
同じ時間を同じ場所で過ごした人達だけができること、「同窓会」!
私もそろそろ自分なりの同窓会が出来てもいい年齢になってきたのですが。
うーん、あと10年くらい延ばしておきましょう(爆)。
クニオパトラ
2007年02月28日 18:23
>DVD
楽しみに待ちます。
宣伝になってしまいますが、山下・坂田氏らが
関係したぼくらの冗談LPが復刻されたんです。制作が高平氏の『ライブインハトヤ』。
それと、ぼくが勝手に作ってしまった~
『まんがNo.1シングルズ・スペシャルエディション』の二つの復刻盤です。
ディスクユニオンのインディーズに掲載されて
いるはずです。
両方ともに(何故か!)好評。
予約販売では、見本盤まで発送し売り切れ。
増盤しているはず。
シングルズの方では、山下さんの乙骨先生!
隠し芸が聞けます。誠一さんが熱演。
アフリカン・ドラム?は渡辺文夫さんです。
珍盤中の珍盤。
2007年03月08日 10:29
わっ。小生の書いたものを引用して下さり光栄です。まいったなぁ。照れます。(^^;)

この「文化の場」の理論は、実はジャズではなくて、関西フォークソング運動の影の支柱だった片桐ユズルさんが僕によく話していたことなんですよ。

ちなみに、asianimprovはジャズ好きであって片桐ユズル、中山容という、ボブ・ディランの歌詞を訳し、日本にフォークを広めた師匠を持つ人間でもあります。

ほんやら洞でフォークを語り、京大西部講堂で阿部薫とデレク・ベイリーを見る。年に一度、スティーブ・レイシーも京都にやってくる。そういうことをしておりました。京都の遊学時代のこと。

セシル・テイラーの伴奏で詩を朗読したビート詩人ケネス・レクスロスが、新宿ピットインで日本で初めての「詩とジャズ」の催しをやった時、それを企画したのが中山容。伴奏は山下洋輔。

終了後、レクスロスは中山容さんにこう言ったそうです。

「今日のピアニストは良かった。セシルみたいだったよ」
2007年03月08日 19:16
上記の「詩とジャズ」の催しは1967年だと判明しました。白石かずこも詩を読んだとのこと。まさに60年代後半ですね。このあたりから洋輔さんが疾走しはじめたのですが、僕は子どもでしたので、リアルタイムでは知りません。

初めて山下トリオを聴いたのは70年代前半でしたが、当時はなにがなんだかわかりませんでした。(笑)その後の、ハナモゲラ時代や「ジャズ大名」などは生で見ました。個人的な思い出話ですみません。
IKEGAMI
2007年03月09日 01:38
asianさん、貴重なコメントありがとうございます。「詩とジャズ」の蜜月時代が懐かしい!
60年代の末に、日本ビクターのフィリップス・レコードから『日本現代詩大系』という日本の詩人の自作朗読レコード(3枚組)が出たのですが、ぼくはこの企画の交渉、録音、解説書の編集をやりました。確か大学3年か4年の時でした。そこで知り合った吉増剛造さんは自作詩の朗読にはまり、緑川敬基たちと「ジャズと詩」のイベントをやってましたね。(当時彼は『三彩』という美術雑誌の編集者をやってて、展覧会評を頼まれたりしました)
ビル・エヴァンスが死んだ時、吉増氏とはNYで再会しジャズについて語り合った思い出があります。創造的なものが時代の先端で渦巻いている現実に触れて、毎日が興奮の日々でした。
torigen
2007年04月24日 19:36
IKEGAMIさん、少し心配になってきました。
どうですか、お元気ならいいんですけれど…。
chi-B
2007年05月05日 14:29
What's up?IKEGAMIさん。お元気ですか。
I'm missing you like everybody else is.
またの更新をダイゴロウ辛抱して待ってます。
^^

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