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zoom RSS 引っ張りだこのウォーレン

<<   作成日時 : 2010/09/09 00:44  

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東京JAZZ最終日の「トチカ2010」の演奏は、日本のジャズ/フュージョン・ファンに大きな刺激を与えてくれたようだ。香津美さんがTwitterでぼくのレポートを紹介してくれたこともあって、凄い勢いでクリックされている。なにより嬉しいのは、まったく知らない人が素晴らしいコメントを残してくれることだ。特に嬉しかったのは、このコンサートが「昔の名前で出ています」というノスタルジー・セッションなんかではなく、現在時制をクリエイティブに生きるミュージシャンたちの“本気”のサウンドとして受け止める姿勢である。
ぼくは幸か不幸か、JAZZを聴き始めた時から「この音楽の生命はライブにある」と思い続け、それは50年近くの時を経た今も変わりない。ところがJAZZファンの多くが「今」ではなく、「過去」にこだわっているのを知り愕然とした。LP/CDはライブとは別の次元にある表現手段だし、ライブ録音盤だってある瞬間の記録に過ぎない。時間の最先端で出されてすぐに消えていく音にこそ、JAZZの素晴らしさ、潔さが集約されているのである。
そして、これほど多くのファンが「トチカ2010」に魅かれるのは、演奏に参加したミュージシャンがこうした音楽の生命について共通の姿勢を持ち、それが音の塊となって届いたからだろう。30年前に発表された『トチカ』やSTEPSの『スモーキン・イン・ザ・ピット』を聴いている人も多いと思われるが、そのアルバム群を名盤とか伝説のセッションとして神棚に祀り上げることなく、いま自分の目の前で作られている音楽に身を浸していたようであった。もちろん、コルトレーンは偉大だし、マイルスも凄い。エリントンやサッチモも。だが、いまどんな音で、何を明日のJAZZにつなげていくことが出来るかということが、もっとも重要なのだ。

30年前にぼくはこのピアニストとそんな話を延々としたことがある。

画像


マイク・マイニエリの盟友ウォーレン・バーンハートである。ウォーレンとマイクが出会ったのは60年代半ばのニューヨーク。以来、この2人は付いたり離れたりしながらコミュニケーションを深化させてきた。元祖フュージョン・グループの「ホワイト・エレファント」を振り出しに、「ニューヨーク・オールスターズ」、「アリスタ・オールスターズ」、中期の「ステップス・アヘッド」とマイクの節目にあたるグループには、必ずと言ってよいほどこの大男がいた。93年から2年間は「スティーリー・ダン」のツアーの音楽監督を勤め、ドナルド・フェイゲンとピアノの教則ビデオも出している。この後はリンダ・ロンシュタット、カーリー・サイモン、ライザ・ミネリといった大物シンガーのバックでピアノを弾いたりしていたが、2000年代に入ってもサイモン&ガーファンクルの“オールド・フレンド・ツアー”に参加しながらソロの3CDセットを発表。#1はショパンやラフマニノフのクラシック曲、#2はジャズ・スタンダード、#3はオリジナルでユニークな“オール・アバウト・ウォーレン”という内容になっている。

マイクは自らもポップス・ヴォーカリストのプロデュースも行っているが、レコーディングでもライブでもウォーレンのサウンドは欠かせぬマジックの一つだと言っている。
「ウォーレンのコードや音色が加わると、どうでもいいような曲でもクリエイティブに輝き出すんだよ! だから、みんな彼を使いたがるのさ。で、ああいう性格だからどんな仕事でも誠実に取り組む。仕事のオファーを全部受けてたら、1年のうち家に帰れるのは数日ってなっちゃうだろうね」

ウォーレンはベアズヴィルというウッドストック郊外の静かな町に住んでいる。かつてマイクやトニー・レヴィンも近くに住んでいて夜な夜な音楽のアイデアを発展させていたのだ。(ジャック・デジョネットやカーラ・ブレイもいたし、スティーリー・ダンのレコーディングスタジオもウッドストックであった)
「IKEGAMI、一度うちに来てくれたよねえ。あの時に会った子供がもう40歳だって信じられるかい?カミサン?うん、元気でずっと絵を描いてるよ。今度ニューヨークに来ることがあったら、またおいでよ。あのときみたいに論争しようよ」
嫌だ。この男は論理的に自説を主張し、さまざまな例を持ち出し、譲らないのだ。その筋道の作り方は、さすがに一時音楽を止めてシカゴ大学で化学と物理学を学んだだけあって超ロジカル。理屈っぽいぼくでも対戦を避けたくなるほどだ。
そんなウォーレンが繊細な音色とタッチでステージ上のサウンドを一変させるのだから、人間、外見では分からない。演奏を終えて楽屋に戻ってきた渡辺香津美への一言が、このピアニストの変幻ぶりを物語るものであった。
「ヘーイ、カズミ、Bad Mother F×cker!」

ぼくは聞き逃がさなかっぞ!

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コメント(7件)

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ひっぱりだこは、ウォーレンさんもさることながらIKEGAMIさんもですねえ。連日のブログ大行進更新に加えて、あのめまぐるしいtwitterにFacebook…言語鬱の逆の言語躁?というくらいの活躍ですね。ufufu。ルーカスがぼんやり犬になって、Slow Loveな秋冬になるのもイイ感じですね。(…この頃、ちゃんとした文章が書けなくなってきたので、へんかもしれません。aging? hmmmm…笑)

私も自分のCDを一枚も持ってません。(も、というのはIKEGAMIさんがどこかで自分の作品は置いていないと書いてはったのを思い出して。)歌詞も始めは紙に書いていたのですが、もう頭の中にしかありません。これもaging…笑

”IKEGAMIさんの、P-FUNKとマイルスの最終章を見るまで死ねないの会” 代表でした。
chi-B
2010/09/11 13:38
Yup,Yup、Chi-B!
ちょっと疲れて一休みしてます。
また言語鬱のサイクルに入らないうちに、マイルスの最後の回くらいはと思ってます。
夕方まではギャングが大人しく寝てるので、エネルギーをチャージしなきゃ。と思いつつTwitterを開いたら、書いてるうちに熱が入っちゃった。アカウントはjazzage109です。
IKEGAMI
2010/09/13 15:26
ドナルド・フェイゲンは、音楽学校で和声学を勉強したのにもかかわらず、譜面には弱い不思議な人なんです。しかし、天性のセンスでややこしいコード進行の曲を作るものだから、スティーリー・ダンの曲はああなるのです。それが僕は大好き何ですけどね。(笑)

フェイゲンがビデオを制作するときにバーンハートを必要としたのは、バーンハートがいかに信頼されているかということで、まさに、ミュージシャンズ・ミュージシャンですね。ビクター・フェルドマンという人も好きでした。
asianimprov
2010/09/15 21:01
これは、これは、asianさん!
スティーリー・ダンのコンサート、いったよとウォーレンに言ったら「なんで楽屋に来てくれないんだ!」って怒られました。あまり仕事をしていないぼくがプロモーターにバックステージに入れてくれって言うの嫌なんだ、といったら「じゃあ、これからはホテルを調べて直接電話くれ。一番いい席をあげるから」だって。
ウォーレン、ドナルド、カーラ、ドラマーのジャックD、みんなノーザン・ニューヨーク・ステート・オブ・マインド付き合いです。みんな変人(笑)。
IKEGAMI
2010/09/15 22:24
かな〜り、ご無沙汰で〜す。お元気そうで何よりです。青春時代に音楽を通じて、ご縁のあった文子です!覚えてますか?
AYA
2010/11/28 02:22
お元気のご様子 こうしてご連絡できること 幸せです。わたくし ニューヨークで日野さんをご紹介いただいた者です。ジャズは結局素人で終わりそうな還暦過ぎのおじさんになりましたが いつも拝読させていただいております。
けんちゃん
2010/12/07 03:02
古澤さんが亡くなりましたね。

池上さんは、たくさんの思い出をお持ちでは?
asianimprov
2011/01/19 23:34

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