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<<   作成日時 : 2008/11/12 22:35   >>

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今日はPOSTのテーマを珍しいものにしよう。音楽でも犬でもなく、GOLF!。
実は、ぼくは1980年代から90年代初頭にかけて、かなりゴルフに入れ込んでいた。プレイだけでなく、世界のゴルフ・コースについての知識や、コース設計、芝の育成方法などについても、専門書を買い込み、庭を実験場としてグリーンを作ったりしていたのである。もちろん、ゴルフ・クラブの収集やリペアにも手を広げた。
下の写真は、マクレガーのドライバーでジャック・ニクラウスが使っていたモデル、945である。若い人は知らないだろうが、ヘッドの材質はパーシモン(柿の木)。何年も乾燥させて、オイル・ハーディングしたウッド・ヘッドはまるで美術工芸品のようだ。ぼくは原木のブロックを手にいれ、自分で削ってヘッドを作ったりしたが、プロの職人が使うドリルを持っていなかったのでホーゼルの穴あけで失敗し、まともなクラブは遂に一つも完成しなかった。その憂さ晴らしはホーゼルの糸巻きと塗装で果たし、仕事部屋はウレタン塗料の匂いに満ちていて、不健康そのもの。でも、とてつもなく楽しい時間であったのだ。

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このところGOLFに行く機会が多い。というのも、世帯主が夏にある会社のゴルフ・コンペに出て惨敗。来年のリベンジを心に誓ってしゃかりきに練習を始めたからだ。身近な人がGOLFをするようになると、さまざまな場所でGOLFの話がでるので「そのうちご一緒に」ということになるのである。
というわけで、10年以上も1or2 round/yearだったGOLFなのにここ1か月で3 ROUNDも回ってしまった。加えて、犬仲間のティナ・パパがUSGA公認インストラクター(レッスン・プロ)なので、世帯主がレッスンを受けたいと言い出し、ぼくもいっしょに練習するはめになったのだ。練習場に行ってみると、思いのほか若い人が多いことに驚かされる。ぼくがシャカリキにGOLFをしていた頃は練習場もゴルフ・コースも、普段はドブネズミ色のスーツで会社に勤めているとおぼしき中年、まともじゃない系の人たちに占領されていた。要するに、ゴルフに関する意識も、ファッションも、知性&センスのかけらもないダサイ連中が日本のゴルファーのマジョリティだったのだ。だから、ゴルフをするたびに心のどこかで、これは人生の汚点のひとつじゃなかろうかという後ろめたさを感じ続けてきたのである。

いったいどうして、日本のゴルフはプレイしながら後ろめたさを感じるスポーツになってしまったのだろうか。まず、ほかのスポーツに比べて金がかかること(プレイ代も道具も)、次に、企業の接待に利用されたこと、そして会員権が投資に方法として使われたこと、などがあげられる。だが、なによりダメなのは日本のゴルファーの未成熟さで、この外来スポーツを形だけ輸入して、ゴルフというスポーツの本質を考えようともしなかったことだろう。
周知のように、ゴルフ発祥の地はイギリスである。戦前の日本に入ってきたゴルフはイギリス型のものだったので、環境も服装もいわゆる「紳士のスポーツ」というイメージで普及されていくことになった。だから黎明期のゴルフ場は上流階級の社交の場でもある「カントリー・クラブ」で、厳選され入会を許されたメンバー相互によって運営されていた。こうした「カントリー・クラブ」にあって、ゴルフ・コースはクラブの付帯施設だったのである。
だが、戦後の復興によってゴルフはアメリカ型に変化し、大衆化する。折から埼玉の霞が関カントリークラブで行われた「カナダカップ」(現在のワールドカップ)で、中村寅吉=小野光一が優勝し、ゴルフ・ブームが沸き上がる。雨後の筍のように建設された新しいゴルフ場は、メンバーシップという形態こそとっていたものの「カントリー・クラブ」ではなく「ゴルフ・クラブ」。では、アメリカのゴルフ場はどうなっているかを見てみると、人種の坩堝の国だけあってその形態は多種多様。富裕層の社交の場である「カントリー・クラブ」、安くゴルフができる公営の「ムニシパル・コース」、メンバー以外にも開放している「セミ・プライベート=セミ・パブリック・コース」、そしてリゾート地に作られた「リゾート・コース」などがある。平均的なアメリカ人にとってゴルフ場とは、ジュニアや老人が500円くらいで回れるムニシパル・コースであり、高級コースとは縁遠い。(最近になって日本のような“接待コース”もかなりできてきたようだ)つまり、ゴルフは決して金のかかるスポーツ・遊びではないのである。

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アメリカ人と一緒にゴルフに行くと、そのカジュアルさに驚かされる人が多いだろう。まず、日本のゴルフ場ようにフロントでレジストレーションすることがない。スタートの登録はプロショップのカウンターか、スタート・ハウスで行うのだ。駐車場でシューズを履き替え、バッグを担いでコースに。電話予約をしてあれば、その時間を告げグリーン・フィーを払い、手引きカートか乗用カートでコースに出るだけ。ふらりと行って「これからプレイできる?」と聞けば可能な時間を教えてくれるので、待てばよい。これは「オーガスタ・ナショナル」や「LAカントリークラブ」のような厳格で保守的な所でも同じ。朝から食堂でゆったりとコーヒーを飲んで、待ち合わせるようなゴルフ場はほとんどないのだ。(ムニシパル・コースのマクドナルドに毛が生えたようなコーヒーショップで待ち合わせることはあるが)

プレイは大体が18ホールのスルーで、前半と後半の間にランチ・ブレイクをとる必要はない。腹の空いている人はサンドイッチかホットドッグ、飲み物を買ってカートに積み、コース上で食べればよいのだ。(稀に、コースの途中に食べ物・飲み物を売るスタンドがあるところもある)
歴史のあるコースの多くは1番ティーからスタートすると、18ホールを終えるまでクラブ・ハウスに戻れない。前半の9ホールをアウト、後半をインというのは、クラブハウスから「ゴーイング・アウト」、「カミング・イン」の略なのである。(茨城県土浦郊外にアメリカのコース設計家ピート・ダイが設計した「ホワイトバーチ・カントリークラブ」はこの作りになっている。ハーフだけでプレイを終える人はカートを運転してハウスに戻らなくてはならない)

80年代の半ば、ぼくのアメリカでの交友関係が広がると、プレイをするのが難しいプライベート・コースでゴルフをする機会が多くなった。LAカントリー・クラブ、サンフランシスコのオリンピック・クラブ、ロングアイランドにあるシネコック・ヒルズなどを回ることができたのだ。
LAの友人が復活祭の日にLAカントリー・クラブで遊ばないか、と言ってきた。望むところだ。彼は前日に、
「イケガミ、スーツじゃあなくてもいいからジャケットを持ってきてよ」
と電話をしてきた。朝の服装はゴルフ・ウエアでいいという。ジャケットとそれにふさわしいズボン&シャツを彼の車に置いて、いつもと同じように駐車場でゴルフ・シューズに履き替える。彼のジャケットはメンバーズ・ロッカーに入れてあるそうだ。そして、プレイが終わるとロッカーの隣にあるシャワー・ルームで汗を流し(アメリカではメンバー・コース、リゾート・コース以外にロッカーもシャワー・風呂はない。プレイが終わったら家やホテルでシャワーを使うのだ)、ジャケットを着て遅いランチとなった。メンバーの会合・パーティのためのバンケット・ルームのドアが開け放たれ、他所行きに着飾った子供たちが出入りしている。イースターのプレゼントであるカラー・エッグをもらいに来ているのだった。ランチのためのダイニング・ルーム(日本のコースでいう食堂)に入ってビックリ!一流レストランもひれ伏すような重厚なインテリアのメイン・ダイニングなのである。
「普段はゴルフやる時には使わないけど、ビジネスのゲストとランチやディナーに来たりするんだよ。あと、のんびりしたい時は、テラスで仲間とチェスをやったり、本を読んだりしてるな」
こう説明してくれている彼の所にメンバーが「Hello!」と挨拶に来るのだった。
これが話には聞いていた「カントリー・クラブ」のクラブ・ライフなのである。ゴルフはそのライフの一部にすぎないのだ。なんというゆとり!

日本のメンバーシップ・ゴルフ・コースの多くは、ゴルフ場の機能だけなのに(数少なく欧米風の「カントリー・クラブ」もあるが)、このカントリー・クラブの形を外見だけ模倣しているのである。その代表例が「ドレス・コード」。
ゴルフ場にはジャケット着用で来い、食堂にはジャケット着用で入れ、ジーンズ・Tシャツの来場・プレイお断り、シャツは襟付きで裾はズボンに入れろ、夏にショート・パンツを着用の時には膝下まである長いソックスをはけ(いったい、どんな理由でロング・ソックスをはけというのか! こういう規則を作った人は納得できるように説明してほしいものだ!!)、という「服装規定」が張り出されたゴルフ場が多い。どうせドレス・コードをつくるなら、ニッカーボッカとボウタイ着用以外はお断りくらい厳格にしてみろってんだよ。運動施設でこんなことを強制するのはゴルフ場くらいのものだ。だから、「娯楽(!)施設利用税」などを取られることになるのである。
このドレス・コードは、かつて若者たちから敬遠され、馬鹿にされた「ゴルフ・ファッション」そのもの。会員制ゴルフ・クラブは任意の組織であるから、そこだけに適用される取り決めがあっても良いだろう。だが、ドレス・コードがゴルフ・マナー普及のためと言うんだったら、それを守らない守らないゴルファーは一歩たりともハウスに入れないという毅然とした態度を示したらどうだろうか。ビジターを入れたくてしょうがないゴルフ場に、それができるかなあ?

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もし、ゴルフ場がジャケットを着なければ恥ずかしいと思えるような格式を備えていたら、ゴルファーは自然とそこにふさわしい服装をすることだろう。服装規定を押し付けるよりも、素晴らしいゴルフ場にする努力をしたらどうなんだ、と言いたくなるのだ。
ぼくが愕然とするのは、こういう規定を作っているのがぼくと同世代の人間だということだ。集団を画一的にしたがる70歳代以上のイギリスかぶれのジイサマが言っているならまだしも、戦後民主主義下に育ち自己形成をしてきた世代が権力を手に入れたとたん、規則で他人をコントロールしたがるという保守旋回を感じてしまうのである。

日本のゴルフ場の形態は、意味と本質に弱いという日本人の弱点の投影である。民主主義然り、ワイン愛好然り、ジャズ然り。いつになったら日本ならではの文化を世界に発信できる日が来るのだろうか。ホントはのんびりとゴルフなどしていられない状況だとは思うのだが、ついゴルフの誘いにのってしまう自分が情けない。

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
ゴルフ。
12〜3年前ぐらいまでハマってました。
庭をベントにしたりとか…。

一時期目を悪くして、それ以来やってませんけど。
アメリカに転勤になったヤツらが帰ってくるとミョーに上手になったりしてて。
そういう訳だったんですね〜。

日本のゴルフが妙にお高いのは。
キャディーフィーがあるのと、黙ってると雑草が生えてくるコースに手がかかるのと、国土が狭いのと、クラブハウスが豪華なのと、その他諸々。
もうすこしカジュアルだと続けてたかもなぁ…。
半斤八両
2008/11/12 23:04
半斤さんもハマってたんだあ。
キャディについては書き忘れました。アメリカの西も東も、ハウス・キャディがいるのはほんの数コースです。
うん、アメリカ帰りの駐在員はうまくなって帰ってくるのに、東南アジア帰りは下手のまま。キャディがチップ欲しさに足で蹴ってフェアウェイに戻したりするとこ多いですからね。
ああ、芥屋か古賀でやりたい!
IKEGAMI
2008/11/12 23:11
芥屋はオーガスタの一週間前(だったかな)、古賀は日本オープンの前(どのくらい前だったかな…)に行ったことがあります。
どっちも試合前なんでラフがめちゃくちゃキツくって。
あと、オーガスタはただただ暑かったなぁ。

あ、もっぱらもっと安〜いコース専門でしたけど、ワシ。
半斤八両
2008/11/13 01:54
一杯良い事?書いたのに500文字制限に引っかかって…汗。

スポーツに限ったことではないけれど、折角他の国から入って来たみるべきモノが日本系になると途端に意味なく色々と付帯事項が付いてしまって煩わしいのは一緒で、それがなんの効果もなしていないってのは安物の役人が30年前に国が決めたことだからと言って要りもしないダムを金も無いのに造る!といってきかないアホンダラと全く変わらないと思いますねぇ、わはは。

なので、最後の処しかコピペできなかった(汗)。
torigen
2008/11/13 06:56
ぐはは。Toriさん、時間があるもんでロング・コメント書いたんでしょ。
そういう時は<1>、<2>って分けてコピーすればいいのに。
日本型ってのがあってもいいんだけど(いや、なきゃいけないんだけど)、薄っぺらになっちゃうのはなぜなんでしょうねえ。日本人って、「血」を感じさせることが苦手、というか好きじゃあないんです。ま、それが良さでもあるので、複雑です。
IKEGAMI
2008/11/13 07:36
あ、半斤さんのコメントがあるの見逃してた。
古賀の前回の日本オープンは1997年です。クレイグ・パリーが勝ちました。
北九州の名門ゴルフ場総なめじゃあないですか。いつかブログ仲間のコンペができるといいですね。「あ、初めまして」とか言いながら、全然初めての気がしない!
京都の闘病男は、もうテニス無理だろうからゴルフでリハビリしていただきましょう。半斤さんもカムバックですよ。
ちなみにぼくらの組織は「PGA」。プロレタリア・ゴルフ・アソシエーションの略です。
IKEGAMI
2008/11/13 10:03
プロレタリアって言葉、久しぶりに聞いた感じ。60年安保世代としては懐かしい!PGA
頑張って!

masae
2008/11/13 21:04
ふふふ。
ぼくは70年安保世代ですぜ。masaeさんのダンナが学んだ(とも思えませんが!)学校は、10年後にぼくらが変えたつもりだったのに、結果何も変わらなかった。国家権力は強大です。
で、持つものをゲバ棒からゴルフの棒に変えたのです。
IKEGAMI
2008/11/13 22:19
ゴルフ用具じゃないけれど、パーシモンか何かのパイプkitの造りかけが家にあります。親父が元気な頃にいつか造るつもりで買っておいた物ですが、そのままに。木の風合いって良いですよネ?カヌーなんぞ乗ったことないけれど、造って天井からぶら下げたいなんて思うのは私だけじゃないでしょう?でも、テニスもゴルフも用具がはじけちゃってもはやこの頃と同じスポーツとは言えない状況には少し違和感を感じますデス。木の感覚を失うと同時にだんだん興味も薄れてきたような気もします。
torigen
2008/11/14 13:40
Toriさん、元気そうでなにより。
そうか、フタバヤの合板のラケットなんていう世代ですもんね。昔、ヘッドのスチール・ラケットが出たときは欲しかったなあ。
先日、パーシモンのウッドとウィルソンのクラシック・アイアンで打ってみたのですが、重い、飛ばない、疲れるの3拍子でしたぜ。
パイプはぜひ息子の手で完成させて下さい。術後の療養にはうってつけですよ。ぼくはたばこが1000円になっても吸いますが、メインはパイプに戻そうと思ってます。
で、カヌーを天井に吊るしたいなんて人は、Toriさんだけとは言わないがマイノリティであるのは確か。ぼくはF1の車をリビングに置きたいな。天井からつるすとハードロック・カフェみたいになっちゃうんで。
IKEGAMI
2008/11/14 15:06

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