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zoom RSS EMOTIONAL SKETCH 3〜犬の躾について

<<   作成日時 : 2006/12/05 01:26   >>

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時々、どうして犬を躾なければいけないのかとマジに考え込んでしまうことがある。少なくとも、ぼくが子供の頃は犬を躾るなどという発想は特殊なものであった。それがどうだ、現在は書店に行けば犬の躾についての本がずらりと並んでるし、トレーナーという職業につくための学校だってたくさんある。
かつて日本の犬の多くはいわゆる「番犬」で庭先に繋がれ、不審な人がくれば吠え、噛む。ただし飼い主に対しては忠実、という姿が一般的なものであったろう。だが、生活が豊かになるにつれ、愛玩動物としての犬が増え、今では人と共に生きる「コンパニオン・アニマル」の代表的な存在となっている。つまり、人と生活する方法が変わったことによって、犬を人の都合のいいように躾る必要が生じたわけだ。では、犬は人に躾られることによって何を得ることが出来るのだろうか。まず、自分で食べ物を探さなくてよい。(まあ、これは番犬時代でも同じだ)次に、楽しい思いが出来る。どこかに遊びに連れて行ってもらえたり、近所の犬仲間と出会ったりもさせてくれる。だが、もっとも大きいのは飼い主の言うことを聞く「イイコ」になれば、外敵を警戒することもなく、落ち着いてのんびり暮らせることだろう。

MAXと暮らし始めると決めた時、様々な躾の本やレトリーバーについての本を読んだのであるが、その中に「6ヶ月時にはノーリードで飼い主の横をピタリと歩き、他の犬に関心を示すことなく、飼い主との世界に生きることだけを喜びとする」犬の躾をやっている人の本を手にした。最初は「ふーん、すげえなあ」と思っていたのだが、読み進むに連れ、「人は食わせてあげるくらいで、そんなに君臨していいんだろうか」という疑問が湧きあがってきた。そして読み終わる頃には「こんな人間至上、飼い主至上主義で躾た犬と暮らして、楽しいのかなあ」と思うようになっていた。人はボスなんだから犬との生活はそれでよいのだ、という断定にも強い反発を感じてしまった。

ぼくはまず、自分と一緒に暮らす犬がどんな犬になってもらいたいかを考えた。第一に、可愛いこと。まあ、これはどんな犬だって可愛いはず。次に、その可愛い犬が大筋においてはこちらの指示に従い、自分の意志を持った犬になること。つまり「ボスの言ってることに従うけど、ほんとはヤダなあ」と思いながら、こちらの指示に従う犬になること。さらに道で出会うであろう犬に対し、ガウガウしないこと。特に、自分より小さな犬に対して優しい犬になること。躾はそれを実現するための方法として行おうと考えたのである。だから、ワクチン接種期間もどんどん外に出したし、6ヶ月を過ぎてからは、一緒に外に出るときは必ず目的を教えることにした。「さあ、ヨークマートでお買い物だよ」とか「チョコのおうちに行こう」、「公園に行こう」とか話しかけた。そして、その途中でも「ヨークマートはどっち?」とか聞いて、道を選ばせたのである。その結果、どんな犬に育ったか(・・・ってしまったか!)は、このブログの他のPostをお読みいただきたい。「(汗)」というマークをつけなきゃならないこともしばしばなのである。

もし、飼い主と犬のコンビが家の外に一歩も出ることのない密室生活が出来るのだったら、多少の問題行動をしたってどうってことはない。飼い主を噛むようなシリアスな問題がなかったら、躾なんか必要ないだろう。だが、時々散歩には出るだろうし、そうすれば他の犬とも出会うことになる。家の中で吠えれば隣り近所の迷惑にもなるだろう。
つまり犬の躾の内容は、飼い主が犬とどのような暮らし方をしたいと思っているのかによって、自然に決まるものなのだ。そのイメージを持てないような飼い主に飼われた犬を見ると、人間の罪の大きさを見せつけられる思いとなるのはぼくだけではあるまい。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
犬の躾については、私も非常に不思議に思っていた部分が多々あります。もちろん、自分に一番懐いて欲しいし、自分を親とも兄とも思って欲しい、トイレはあっちこっちでしないでね、やたらと噛むな、は守って欲しいです。でも犬は犬という種族で太古から人との暮らしに一番近い存在であっても、人でも奴隷でもない。この種族の存在感を守りつつ、やはり自分の家族というかパートナーとして暮らしたいです。その血や個性を矯めて場違いな愛玩動物を「作る」ことが躾ならおかしいのではないかな、と考えます。私だって自分の性格を生活のために強引におさえた結果、胃から大量出血しています(失礼)。この血はボーナスと引き替えです!
J・AGE
2006/12/05 07:14
犬は様々な目的で飼われている訳ですが、ここで考えるのは家庭犬、つまり「コンパニオン・アニマル」としての躾ですね。
人や犬を攻撃(威嚇・跳びつく・咬む)しないのが絶対条件! 後は各自思いのままにどうぞ。
でも自分の愛犬が社会的に認知されると、もっと世界が拡がり、喜びも楽しみも話題も増えます。犬以上に人の生活が充実するんですね。それには最低限のマナーを教え込まなきゃ!
最終的には、あなたの(ウチの)愛犬が、「まぁ、こいつの言うこと聞ぃときゃ間違いないし、安心して昼寝も出来るワヮヮン。おおっと!隣近所の手前、静かにしなきゃナ。」と思ってほしいです。
まだまだ未熟なコンビですが、体験的に何故?と思うトレーニングが、基本的な躾に結びついている事に気付く今日この頃、奥深いです。
hori
2006/12/05 13:40
コメントありがとうございます。

>犬以上に人の生活が充実するんです
ホント、そうなんです。まだ海外旅行なんて考えもしてなかった頃、知り合いの外人さんと町を歩いたりするとちょっぴり誇らしげな気分になったものですが、MAXと一緒に買い物に行ったりしてると同じような気分になっているミーハーな自分を発見します。(今日、犬連れでホームピック行ってきましたもんで)
アメリカに行き始めた頃、自分の考えが異国の人に伝わると嬉しかったものですが、犬は「異国の人」が「異種の動物」に変わっただけなんでしょうね。コミュニケートが深まると「やったあ」という気分になりますから。
J・AGEさん、ぼくのボーナスは楽しさと充実感なんでしょうね。
IKEGAMI
2006/12/05 14:48

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