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zoom RSS ぼくと犬の物語 1

<<   作成日時 : 2006/02/18 00:34   >>

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昨日、犬の飼育方法の文化的背景(大袈裟な!)を述べ、次は世代ギャップによる様々な問題を検証すると予告したのだが、ちょっと気が変わって予定変更。ぼくと犬との関わり、そしてMAXがどんな犬になって欲しかったのか、そのために何をしたか、ということを書くことにした。
ぼくは子供のころに庭で犬を「飼って」いた。ワイヤーとスピッツの雄のミックス犬で、サイズは中型犬なみの大きさになってしまった。(小さな犬だと言われていたのに・・・)その頃、NHK第一放送の連続ラジオ・ドラマで「コロの物語」というのをやっていて(テレビなんて持ってる家はクラスでひとりか二人の時代である)、毎晩聴いていたので彼の名前は当然コロとなった。彼は6年間を庭で暮らし、その結果フィラリアに罹ったため、後半生を家の中で暮らすことになった。フィラリア患者の割には元気で、その後さらに6年間、ぼくの家族として楽しく(うーん、これはちょっと疑問)暮し、12年の天寿をまっとうしたのである。最後の夜、コロは深夜にぼくの部屋に入ってきて、明け方まで机の横に座っていた。座っていると首が下がってしまうほど衰えていたというのにだ。翌日、ぼくがサークルの夏合宿に出かけた後、彼は庭の木陰にフラフラと歩いて行って、横になったまま息をしなくなったという。もう、犬は飼うまいと思った。
ぼくにとってMAXは2番目の犬だが、最近主流になった欧米流のコンパニオン・アニマルとして犬と一緒に暮すのは、ま、初めてに等しい。どうしても犬と暮したいという世帯主の粘り強い主張がなかったら、MAXが我が家に来ることはなかっただろう。そして、この4年間は大きく違うものになり、今ごろ芥川賞作家になっていたかもしれない。(小説書かないのに芥川賞はとれっこない!) で、最初にしたのは犬に関する本を手当たり次第に読むこと。涙無しには読めない人と犬との奇跡的ストーリー、躾けのハウ・トゥ本、動物行動学的に犬を解説した専門書。それで初めて、最新の躾けは体罰によるものではなく、褒めることを重ねて楽しい暮し方を学ばせるやり方だと理解したビギナーなのだ。そのなかでぼくがオッっと思ったのは、「ボンヤリ犬のすすめ」という本と、テレビにも出演して知られるカリスマ獣医・野村潤一郎さんの「犬に関する100問100答」にでてきたワン・フレーズであった。頭が良くて、きびきびと飼い主の指示に従う賢い犬よりも、ボーッとしている犬のほうが家庭犬に向いているという指摘にはまったく同感。ぼくは自分がグータラだから、あまりに賢い犬だと立場が悪くなるというフラチな考えだ。そして、野村獣医の「犬はどんな時に幸せだと思うんですか?」という質問にたいする答え。「犬は美味しい物を食べている時も、散歩に行く時も、それは幸せなんでしょうが、幸せな家族と楽しく時間を過ごすこと。これがもっとも幸せなことなんです」という意味の文に、もうこの方向しかない、これだったらあちらの問題ではなく、こちらのこととして何とかなりそうだ、とイージーに思ったのであった。
そしてMAXがやってきた。生後2ヶ月にもならないのに、躾けは大丈夫といって親兄弟から引き離し、けなげにもひとりで飛行機にのって羽田に到着した。家までやってくる時に、車の後部座席で寝ちゃうくらいのズ太い神経の持ち主。「ボンヤリ犬」の必要条件は整っていたのであった。

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